研究群の概要

1. 人文社会科学の大学院教育の重要性

冷戦の終焉と経済のグローバル化によって、世界中に自由と民主主義の理念が行き渡り、平和と繁栄がもたらされる、というのはただの幻想にすぎませんでした。自由や民主主義という価値を共有しない国家は依然として存在し、民族紛争や内戦、テロ、政治的抑圧が止むことはなく、富裕層と貧困層との格差は広がり、地球規模の環境破壊が生じていても国家の利益が追求され、難民・移民や少数者に対する差別・不寛容が蔓延し、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)はつながりを生む一方でエコーチェンバー化する..私たちの眼前に広がる光景は、さまざまな社会的・文化的な諸問題が、複雑に絡まりながら、今なお増え続けているという現実です。

「人文社会科学は役に立たない」といわれていますが、これらの諸問題の根底にあるのは、人間とは何か、人間の本性とは何か、人間と人間の関係はどのようにあるべきなのかといった問いです。もちろんこれらの問いは、一朝一夕に答えを出せるわけではありません。しかし人類の来し方行く末を考える人文社会科学こそ、これらの問いを考えるのに相応しい学問であることは間違いありません。

もっとも、人類が抱える諸問題のなかには、近い将来、人工知能(AI)研究やビッグデータ解析によって解決されるものもあるかもしれません。10年後を見通して日本政府が策定した「第5期科学技術基本計画」(2016.2020年度)は、仮想空間と現実空間を高度に融合させ、科学技術イノベーションによって経済発展と社会的課題の解決を両立させる「超スマート社会」の実現を未来の目標とし、その実現に向けた一連の取り組みを「Society5.0」として推進していくことを謳っています。「Society5.0」では、仮想空間および現実空間で生じる多種・多次元のビッグデータをAIによって解析し、その結果を、ロボットなどによって人間にフィードバックし、新たな価値を産業や社会にもたらすことが期待されています。

しかし人間にとって有益な社会変革を実現するには、AIやロボットなど科学技術の高度化だけでは不十分です。高度な科学技術が、哲学・倫理学・言語学・法学・国際公共政策学などの人文社会科学と融合されてはじめて、社会イノベーションを生み出すことができるといっても過言ではありません。

前述の「第5期科学技術基本計画」は、科学技術イノベーションを支える人材を生み出すには大学院教育が重要だと指摘しています。これからの人文社会科学の大学院教育では、広い視野による情報の把握・判断、抽象的な概念の整理・創出、異文化の者を含む他者の理解・説得・交渉などを修得することが期待されています。

2. 人文社会ビジネス科学学術院

本学は、今日まで、幅広い学問分野にわたる専門性の深化とともに、学際的・分野横断的な教育を積極的に展開して社会の要請に応えようという理念をもって大学院教育の充実に取り組んできました。

1973年の開学当初から「新構想」の一つとして「大学院の重視」を掲げ、独創的な研究能力を備えた研究者の養成を目的とする5年一貫制の博士課程と、専門性の高い職業人の養成や社会人の再教育を目的とする修士課程を並列的に設置しました。その後、大学院を一層重視した教育研究体制とするため、2000年から2001年にかけて、20の博士課程研究科を6つの大研究科に改組再編する改革を行いました。このときに人文系および社会科学系の研究科も統合・再編し、人文社会科学研究科が誕生しました。

2004年の国立大学法人化後、本学は、高度化・多様化する社会や学生のニーズに対応するため、一貫制博士課程から区分制博士課程への転換、修士課程研究科から博士前期課程への移行、専門職大学院の設置、新たな方式による連携大学院の設置、新領域における専攻の設置など、人材養成上の目的や分野の特性に応じて多様な専攻編成を可能とする方向で大学院教育の充実・強化を図ってきました。

また大学院教育の実質化を図るべく、授与する学位ごとにディプロマ・ポリシー(学位授与の方針)、カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針)、アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)を明確にして「大学院スタンダード」として公表し(2014年)、これに沿って教育課程を編成してきました。

2020年度から大学院を学位プログラム制に全面移行することとなり、学内の幅広い学問分野の教員が、所属組織(研究組織)の枠を越えて協働し、学位プログラムを展開することができる教育体制を構築することとなりました。そこで、学生の教育と教員の研究を一体的に行う「研究科」とは異なり、教員の所属組織とは独立した教育組織として「学術院」を設けることになりました。本学では、「人間の集合体である社会を探求する」、「科学技術の根本原理を解き明かす」、「学際的・総合的な視点で人間研究を行う」という3つのコンセプトによって、「人文社会ビジネス科学学術院」、「理工情報生命学術院」、「人間総合科学学術院」の3つの学術院が置かれます。

「人文社会ビジネス科学学術院」は、主に学部(学群)からそのまま進学して研究者となる者を養成する大学院教育を実践してきた人文社会科学研究科が、社会人のための夜間大学院のパイオニアとして実績を上げてきたビジネス科学研究科と同じ学術院を構成することで、研究群間での学際的な分野への研究協力、研究指導を可能にしようとするものです。本学術院は、人文学、社会科学、ビジネス科学に関する多面的かつ高度な教育研究を通じて、人間の価値や人と社会のあり方を時間軸、空間軸を交差させて総合的に探究することによって、新たな知を創造し具現化できる研究者、大学教員、専門的な職業人を養成することを目的としています。本学術院には、「人文社会科学研究群」と「ビジネス科学研究群」、それに専門職大学院が置かれています。

学術院には、学生の専攻分野に関連する分野の基礎的素養、広い視野や俯瞰力を涵養することを目的として、「学術院共通専門基盤科目」が開設されています。本学術院では、人間および社会に関する諸問題、隣接・関連分野における研究手法に関する基礎的な知識を広めることによって、学生の専攻分野に関する研究を広い視点から捉え直し、新たな研究を推進することを促すために「ビジネス法入門」や「哲学プラクティス」などの科目が置かれています。また企業・組織の経営者による経営上の課題とトップマネジメントの実践方法を修得することを目的とし、学生が社会のニーズに応え、キャリアパスを意識した研究を推進するための基礎的な素養を身につけることができる「トップレクチャーⅠ・Ⅱ」も開設しています。

3. 学位プログラム

「学位プログラム」とは、大学や大学院などにおいて、学生に学士・修士・博士などの学位を取得させるにあたり、当該学位のレベルと分野に応じて達成すべき能力を明示し、それを修得させるように体系的に設計した教育プログラムのことです。

各学位プログラムは、教育の質を保証するため、博士前期課程と博士後期課程のそれぞれのレベルに応じて、授与する「学位」と「人材養成目的」を設定し、「汎用コンピテンス」と「専門コンピテンス」(学位プログラムコンピテンス)をディプロマ・ポリシーとして明示し、その達成に向けた教育プログラムの編成方針、学修の方法・プロセス、評価の観点・方法をカリキュラム・ポリシーとして定めて体系的に教育を実施し、アドミッション・ポリシーも明確にします。1つの学位プログラムが授与する学位は1種類だけです。学生は、各学位プログラムにおける学修を通じて、汎用コンピテンスおよび専門コンピテンスを修得します。「コンピテンス」とは、学位授与時に学生が備えているべき知識・能力等のことです。

「汎用コンピテンス」は、世界の多様な場、変化の激しい社会で生涯にわたる活躍を支える資質としての汎用的能力で、学生の専攻分野にかかわらず、本学大学院生として共通に達成されるべきものです。博士前期課程修了時に備えるべきコンピテンスは、「知の活用力」「マネジメント能力」「コミュニケーション能力」「チームワーク力」「国際性」です。また博士後期課程修了時に備えるべきコンピテンスは、「知の創成力」「マネジメント能力」「コミュニケーション能力」「リーダーシップ力」「国際性」です。汎用コンピテンスは、生命・環境・研究倫理科目群、情報伝達力・コミュニケーション力養成科目群、国際性養成科目群、キャリアマネジメント科目群、知的基盤形成科目群、身心基盤形成科目群からなる大学院共通科目などを通じて身につけます。

「専門コンピテンス」は、学生の専攻分野に関する高度な専門的知識・能力で、前述した学術院共通専門基盤科目や研究群共通科目などによって身につけます。専門コンピテンスは、学術院.研究群.学位プログラムの階層ごとに体系的に設定されていますので、学位プログラムコンピテンスを修得すれば、学術院および研究群のコンピテンスも充足できます。学術院および研究群の専門コンピテンスは、博士前期課程・博士後期課程とも、「研究力」「専門知識」「倫理観」です。人文学学位プログラムは、このほかに「思考力」「総合力」を身につけることを求めています。コンピテンスの修得は、学生のキャリアプラン等に応じた幅広い学修に対応するための履修指導において、①カリキュラムマップで授業科目とコンピテンスの関係を学生と指導教員が互いに確認し、②学生ごとの修得状況を達成度評価シートによって管理し、③論文指導、中間評価、予備審査等の機会を利用して、指導教員と学生との対話によって授業以外の学修・研究活動(学会参加、インターンシップ等)の状況も確認します。こうして指導教員が、学生ごとに、コンピテンスの修得状況を確認し、不足がある場合は履修指導によって補い、コンピテンスの達成度を判定していきます。これまで日本の大学や大学院では、「学生の所属する組織」、「教員が所属する組織」、および「提供される教育プログラム」が一対一の関係にありました。大学院では、その基本単位は「専攻」でした。そのため社会の変化や研究・教育の必要性によって新たな教育プログラムを編成しようとしても、「専攻」の壁によって機動的に行うことができませんでした。

本学では、学位に対応する教育プログラム(「学位プログラム」)を編成する一方、「学生の所属する教育組織」(本学では「学術院・研究群」)と「教員が所属する教員組織」(本学では「系」)とを分離しました。教員は、学位プログラムではなく、研究群の専任教員と位置づけられることになりますので、今後は、社会の変化等に応じて、新しい学位プログラムをつくったり、ニーズのなくなった学位プログラムを再編したりすることが容易になります。また主担当の学位プログラム以外に、副担当として他の学位プログラムの授業および研究指導を担当できますので、専任教員が各々の専門性を活かして学位プログラムを越えて協働し、学生の指導に当たることができるようになります。

4. 人文社会科学研究群

「人文社会科学研究群」は、人や社会の営み、人と社会の関係の考察・分析に係わる人文社会科学の基礎研究において優れた能力を有し、学問の進展や社会的要請の変化に応じて人類の知の継承に貢献し得る人材、またグローバル化の進展に伴う地球規模の課題や社会的課題に果敢に挑戦し、人間の存在や人と社会との関係の望ましいあり方を構想しうる独創性と柔軟性をあわせもつ研究者・教育者、および高い専門性と実務能力を有する職業人を養成することを目的としています。本研究群には、次の3つの学位プログラムがあります。

(1)人文学学位プログラム(区分制博士課程)

「人文学学位プログラム」は、人文学を取り巻く環境の変化やグローバル化に伴う社会の変化に対応するため、哲学、倫理学、宗教学、歴史学、人類学、文学、言語学、文化学、英語教育学などの人文学諸分野における優れた専門的知識を身につけるとともに、地球規模の新たな問題の発見と解決をめざし、専門の異なる人々と共同して問題解決に貢献できる人材を育成することを目的としています。

人文学学位プログラムは、従来の一貫制博士課程の哲学・思想専攻、歴史・人類学専攻、文芸・言語専攻、および区分制博士課程の現代語・現代文化専攻を統合し、哲学・思想、歴史・人類学、文学、言語学、現代文化学、英語教育学の6つのサブプログラムが存在していますが、それらを横断的・融合的に人文学として構築しようとするものです。

授与される学位は、修士(文学)・博士(文学)です。

(2)国際公共政策学位プログラム(区分制博士課程)

「国際公共政策学位プログラム」は、国際関係論や地域研究、社会学、政治学、経済学、人類学、公共政策学など国際公共政策に関わる各分野の高度の専門性と、それらを横断する学際性とを備えた教育と研究指導を通じて、専門知識を基盤とし、グローバル化、複雑化する現代の国際問題や個別地域の諸問題、また社会・文化問題へと柔軟に適用できる研究能力と、それらを公共政策へと導く実践的問題解決能力を身につけた人材を育成することを目的としています。

国際公共政策学位プログラムは、従来の区分制博士課程の国際公共政策専攻、および修士課程の国際地域研究専攻を統合し、各研究分野の専門性を結集し、学際的融合に基づく公共政策志向の教育を行おうとするものです。

授与される学位は、修士(国際公共政策)・博士(国際公共政策)です。

(3)国際日本研究学位プログラム(区分制博士課程)

「国際日本研究学位プログラム」は、人文科学、社会科学、日本語教育学の専門的かつ国際的な学識を身につけ、グローバル化する現代社会の中で国際的・学際的・比較的な視野のもとで日本の文化・社会について研究し、海外にも発信することのできる人材を育成することを目的としています。

国際日本研究学位プログラムは、人文科学と社会科学の分野融合型・領域横断型の体系的な日本研究を行う区分制博士課程の国際日本研究専攻を母体としています。

授与される学位は、修士(国際日本研究)・博士(国際日本研究)です。

5. 人文社会科学研究群の教育課程

本研究群は、「研究群共通科目」を置くとともに、各学位プログラムの博士前期課程において、授業科目を、基礎科目、専門基礎科目、専門科目に区分し、基礎的なものから専門的なものへと系統的に配置して、学生の履修に資するように編成しています。

基礎科目は、学問領域を超えて幅広い分野に共通する基礎的な知識・能力、人間性を涵養する科目であり、大学院共通科目、学術院専門基盤科目、研究群共通科目などから構成されています。専門基礎科目は、学位プログラムで対象とする専門分野および関連分野の基礎的な知識・能力を涵養する科目です。専門科目は、学位プログラムで養成する人材が持つべき能力を涵養する科目です。

「研究群共通科目」は、幅広い知識・教養・行動力を身につけさせるため、博士前期課程の学生を対象に開設しています。「修士論文合同演習」(1単位)は、学生が自らの研究を人文社会科学分野の中で位置づけるとともに学際的な研究を促すための必修科目です。この科目では、本研究群の博士前期課程1年次生を対象に、各学位プログラムから推薦された、優れた修士論文を提出した2年次生が研究発表を行い、質疑、意見交換を行い、実施後、課題を提出させます。同じ分野のみならず、他分野の研究発表を聞き、議論を行うことによって、専門知識を深めるとともに、他分野における研究課題設定、解決方法を学ぶことによって、修士論文執筆に向けて研究力を高めるのみならず、自らの研究を人文社会科学分野において位置づけ、さらには学際的な研究への発展を企図しています。「研究法入門」(1単位)は、人文社会科学に共通する研究倫理や情報倫理について修得するとともに、研究者に求められる基本的態度や情報リテラシー、論文作成法、研究者・高度専門職業人としてのキャリアについて考えるための科目です。日本語を理解しない留学生に対しては、英語で Academic Writing and Research Ethics(1単位)を開講します。本研究群の博士前期課程の学生は、いずれかの科目を選択して必ず履修しなければなりません。このほかに研究群共通科目として、「人文社会科学のためのグラントライティング入門」「人文社会科学のためのインターンシップ(1)、(2)」を選択科目として開講します。

博士後期課程は、博士論文完成のための研究指導を行いますが、最先端の知識と思考力を修得させるために必要な専門科目を配置しています。また大学院共通科目なども履修できるようにしています。

6. 海外との交流・留学生の受け入れ

筑波研究学園都市には、海外からの多くの研究者が滞在し、活発な交流を行いながら研究活動を進めています。また国際会議の開催も多く、最先端の研究動向を把握するための環境が大変よく整っています。

本学では、多くの国から留学生(国費、私費)を広く受け入れ、学群生(学士課程)を含めて約2,300名(全学生に占める留学生比率は約14%)が学んでいます。学位を取得する留学生の数も増加してきています。なお、留学生のための語学研修や、個人チューターの制度も充実しています。